人生の岐路 神社
拓郎の歌で🎵今はまだ、人生を語らず🎵って歌、有りますよね。
拓郎が幾つの時に描いた詩でしょう?
私、先日遂に73歳になったのですが。
そろそろ良いでしょうかね。
詳細は“語らず”ですが。

人生って、ほんと、分からないものですね。
一歩先は、板子一枚の下は、どうなるのか?
見えない、予測できない。
望まぬ体験を幾つもして来ました。
精神も肉体的にも強くも無い私が残っている。
この歳で思うのは、色んな選択に選んだ道が繋がって今。
間違っていなかった様に思います。
片脚を無くし、片方の視力も無くし、家内も亡くして今。
けれど、何か?繋がりを実感するのです。

これまでで最低だった。
葬式の後、息子と2人で住む家を探していた頃です。
味方は、いない。
そんな時が有りました。
不思議ですね、そんな時に頼ったのは(๑・̑◡・̑๑)
和服を扱う年上の女性でした。
“藁をも掴む”
相談しようとしたのでは無かったのですが。
家から少し離れた場所で、会いました。
その女性は、経営者の集まりで知り合いました。
喋り出して途中から涙が溢れ出ても、止まらず喋り切った。
何でしょう?
神がかりな対応方法を教えられました。

「柳の枝をひとつ」
近所の神社に、人知れず埋めて、祷りなさい、と。
2週間以内に、縁が切れる、と。

そんなバカな!
いいえ、それを受け入れる精神状態でした。
話し終わって、彼女と別れしました。

その時!道を隔てた向こうに見えるのです。
私、得意です!木の樹形で、その木が何なのか!
柳が風に揺れていました。
ひと枝、頂きました。
偶然にしては?
偶然?コレもご縁でしょうか。
そして家の近くの神社に行き、行動しました。
2週間も経たず、激変。
向こうから折れて来ました。
暫くして、アイツから高級食パンが!
はい。
捨てました。
縁も、捨てました。

親族とは思いたくも無い、サヨウナラ。
引っ越し前、その神社に参拝に行きました。
以来、人生が大きく、大きく変わりました。
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